2013年05月26日

関西学院大学総合政策学部山中ゼミ2年「地域を支える市民の力」その1

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5月23日木曜13時~13時20分三田キャンパスからの中継生放送
5月28日火曜13時~13時20分再放送

①私たちのチームは「神戸と沖縄の架け橋を目指す兼次さんにインタビュー」というタイトルでお送りします。
今回インタビューさせていただいたのは沖縄から神戸に移り住んで沖縄の文化を広めていらっしゃる兼次賢一さんです。兼次さんはとても優しそうな方で現在は龍谷大学の大学院で「継続的にエイサーを支援するための文化政策」について学ばれているそうです。今回インタビューさせていただいた内容は兼次さんの経歴、現在の活動内容とその反響、そして今後の活動と兼次さんが伝えたいこと、となっております。
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②兼次さんは55歳で見た目でもおおらかな方だと感じられる人でした。高校までは沖縄の那覇で生活し、大学は千葉のほうに行かれたそうです。そして卒業後、沖縄に戻り商社で働き始めました。しかし、そこで自分の生き方と合わないと感じて会社を辞められたそうです。その後は2004年に神戸で開かれた「琉球ワールド沖縄宝島」という物産展に招待されたのをきっかけに神戸に来られたそうです。そして、現在まで神戸で沖縄の文化を広められています。
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③兼次さんは神戸・長田の多文化コミュニティー放送局FMわいわいの毎月第1月曜日放送のラジオ番組「南の風沖縄篇」を担当しています。番組自体は沖縄に関する情報を得られます。また兼次さんはカラハイプランニング代表もされています。神戸を拠点に沖縄に関するイベントを企画をする団体です。また沖縄事前学習・事後学習も行っています。つぎにカラハイプランニングの活動を紹介します。沖縄の事前学習をやっています。エイサーの文化体験や平和学習を行っています。平和学習では、兼次さんは特別な思いを持っている。この活動を通して戦争の怖さ、平和の大切さを知ってもらいたいそうです。

④次に、兼次さんに沖縄の魅力をお聞きしました。兼次さんはまず島田あきらさんという人物についてもっと世間に知ってほしいとおっしゃっていました。彼は戦時中に沖縄の県知事になられた方で、沖縄の人を疎開させて被害を少なくしました。また沖縄伝統の舞踊や三線を広めて標準語を開放しています。兼次さんによれば島田さんがいなければ今の沖縄はなかったそうです。沖縄は「目に見えないもの」を大切にする心が大きい。それも沖縄の魅力だそうです。お客さんをもてなす「迎恩」の心や、「礼節」と言う礼儀や誠実の心が大切にされてきたそうです。
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2013年05月22日

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室3年作品 水田かおり

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◆トーク1
脳性マヒという障害を持ちながらも懸命に社会活動をされている入部香代子さん。4冊の本を出版されており、今回は「引き出しの中ぜ~んぶ、香代子の車椅子ガッハッハ人生」という作品に書かれているお話と一緒に紹介させていただきます。興味がある方はインターネットで入部香代子さんの名前を検索してみてください。1950年8月27日大阪府寝屋川市で誕生された女性です。1歳と3カ月ではしかにかかり、その時の後遺症で脳性マヒという障害と一生付き合っていくことになりました。青い芝での優生思想反対運動の象徴的な活動のお話。その反対運動のかいもあり、優生保護法が改正されることになりました。「青い芝の会」は、友人から誘われたことがきっかけで、グループリボンの例会に参加することになり、その後大阪で脳性マヒ者を中心として結成されました。
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◆トーク2
全国初の24時間介護が必要な車椅子女性議員の誕生。彼女が議員になったことで大きくかわった出来事。議員生活の中でなにができたのか。議員生活を終えて自分に何ができるのか。議場の中で演説する時に、立って演説するように台が設計されているので、車椅子の入部さんは頭しか見えないなど、不便な点が多くありました。そこで、20cmほどの台をつけ、それを上下に移動できるような装置を設置しました。他にも、議場までいくスロープと、障害者用トイレも設置されました。議員生活を終えて自分に何ができるのかと入部さんが自問してみて、やはり、障害者自身が議員となり議会の意識を変えたことだと感じました。
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◆トーク3
脳性マヒという障害をもちながらも2度も出産を経験した入部さん。医者には、どうやって育てるのか、親は知っているのか、避妊はしていなかったのかなど、辛い言葉を投げかけられ、産んではいけないような雰囲気を出されていたそうです。周囲に猛反対されたり、世間を賑わしたりしたが、信念を貫き周囲を説得し、無事に子どもを出産することができました。そして最後に、ラジオを通じて人々に伝えたいこと。障害者をどうにかして社会から追放しようという風潮がある気がしています。若い人は将来を見据えて少しずつ考えていかなければいけません。もし、自分の子どもが障害を持って生まれてきても、子どもが安心して暮らせるような環境をつくるために、自分自身がしっかりしないといけません。一人ひとりの人がしっかりしていかないといけないと思います。そう入部さんはおっしゃられていました。

入部さんは、自分の考えをしっかり持ちそれを行動に移すとてもパワフルな女性です。私は入部さんにインタビューさせていただいたことで、脳性マヒという障害を知ることができ、人権について考えることができ、非常に有意義な番組をつくることができました。障害者問題にもっと積極的になろうと思いました。ありがとうございました。
posted by fmyy at 17:41| Comment(0) | Podcast | 更新情報をチェックする

2013年05月14日

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室3年生終了作品 4月9日放送分 

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・オープニング
・終戦後、通い始めた八尾高女では三年生で男女共学になり、そこで初めて男女のカリキュラムの差に気がついた。
・高校・大学を卒業後、彼女は大学院に進みたいと思い、父親に相談するも「髭が生やせるなら行け」
 つまり髭も生やせない様な女なんだから行かなくていい、と言われてしまう。
・その後大阪府の職員として児童相談所で10年間働き、職場の方と結婚する。
 子供が生まれるも夫は政府留学生としてイタリアへ。彼女は一人でお子さんを育て、働きながらの育児の大変さを感じた。
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・周りの同僚は家に帰ってもしっかりと勉強してくる。
 その一方で子育てのある自分はそれが出来ない。
 子育ては喜びもあるが負担にもなると感じた。
・その後、彼女は家族全員で鳥取に引っ越した。
 鳥取で仕事を見つける際には女性が採用されにくいことを身をもって感じた。
・仕事と育児の両立を視点に持ち男女共同参画に関わるようになった。
 「レディースあすか鳥取」という団体を立ち上げ海外への視察を行った。

・この他にも子供から高齢者まで幅広い層の方々の支援活動をされている彼女にこれから目指して行きたい社会について聞いた
・最後に今回角本さんにインタビューをさせていただき私が感じたこと。
posted by fmyy at 19:16| Comment(0) | Podcast | 更新情報をチェックする

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