2014年03月24日

関西学院大学総合政策学部 山中速人ゼミ3年「自分のルーツをさぐる」第12回

祖父.JPG
担当:北村真緒 取材相手父方祖父 北村容啓氏

◆トーク(1) 私は、父方の祖父にインタビューをし、番組を制作しました。いつも陽気で明るい祖父の様子は、音声を聞いているだけでも伝わるのではないでしょうか。そんな彼が、生まれた時から今まで様々な困難を乗り越えてきたことを、今回初めて知りました。歴史の教科書や年表を思い出しながら、話を聞いていただければ、と思います。

◆トーク(2) 戦後の貧しい時代に、幼かった祖父は学校に通いながら仕事をしていました。幼いときから家計のために働いたり、貧しく食糧を手に入れられない時代を生きていた人間が身近にいるということには驚きました。人口甘味料のさっかりんも一般に出回っていたのですね。
由良.JPG

◆トーク(3) 祖父にインタビューをし、祖父の父親の話まで聞くことができました。村長をしていた祖父の父親の時代にも、自然災害が起こり、洪水の被害を何とかしようと祖父の父親は自身の財産をすべてつぎ込みました。今の私がいるのは、祖父や曾祖父がいたから、そして、そんな祖先には多くの勇気をもらいました。
posted by fmyy at 18:02| Comment(0) | Podcast | 更新情報をチェックする

2014年03月14日

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室3年「自分のルーツを探る」第11回

祖母久子さんと叔父實さんの写真.JPG
担当:佐藤啓介 取材相手:佐藤久子さん、佐藤實さん、佐藤眞さん

◆パート1
初めに、祖父語呂さんの生い立ちについて。自分はもちろん聴いている皆さんにとって全く謎の存在である語呂さんはどういった人物であったのか? 語呂さんの人生について迫ってみようと思います。果たして戦争が起き昔の激動の時代を生き抜いた祖父語呂さんはどういった人生を送ったのか。そして父眞や孫にあたる私、啓介と何か共通点を見つけることは出来るのでしょうか?
佐藤語呂さんは、1919年大正8年に静岡県三島市で8人兄弟という大家族の家庭の5番目の子どもとして生まれました。性格は、いかにも昔気風の人で、人の意見はあまり聞かず頑固で真面目な人であったとのことです。その後語呂さんの人生を大きく動かす機会が訪れます。それは日中戦争です。
語呂さんは、志願兵として戦争に参加し、中国に渡ってからは1945年終戦まで中国で闘っていました。
日中戦争の中でも多く戦闘はありますが、その中でも大きい戦闘の一つ、徐州会戦で語呂さんは中国軍と応戦した日本軍の1人でした。
父眞の写真.JPG

◆パート2
次に、祖母である久子さんの生い立ちから語呂さんとの出会いまでを紹介します。
敗戦後、中国から命からがら日本に帰国してきた後、語呂さんは元々暮らしていた静岡県ではなく、兄のつてを伝い神奈川県の藤沢市で移り住みました。
そこで運命的な出会いに遭遇することとなります。
知人の紹介を経て近所の草野球チームのまとめ役の娘さんである久保田久子さんは語呂さんと知り合いました。久子さんは、1926年昭和元年に藤沢市で生まれました。戦争の時は、久子さんは東京で仕事をしていて、疎開をすることはなく暮らしていて、焼け野原になった東京や横浜などの都市部を目の当たりにしたとのことです。

◆ パート3
父眞は1951年に二男として産まれました。実の母である久子さんが言うには兄である實さんとはもめ事をすることも多かったとのことです。今回父眞から語呂さんについてどう思っているのか聞くと、「親父はタバコもギャンブルもやっていたが、それが嫌だからおれはやらない。 親父を反面教師にして生きてきた。」と言っていました。はっきり「尊敬はしていない」と。
ただ私はこの言葉を聞いて非常に感慨深く感じました。それは何故か。
今まで語呂さんのことや久子さんのことを紹介してきて、興味深い情報を得ることが出来ました。そして最後にこうして祖母や父親と家族の話についての本音を聞くことが出来ました。
私は、祖父語呂さんの姿は知らない。ただきっと父親と似たような人物であったのだろうなと思いました。頑固な所は祖父から父へと受け継がれ、私にも受け継がれていると確信に変わりました。
posted by fmyy at 19:27| Comment(0) | Podcast | 更新情報をチェックする

2014年03月05日

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室「自分のルーツをさぐる」 第10回

担当:山本真未

◆トーク1 
今回、「自分のルーツを探る」という番組の主旨の下、私は母方の祖父について取り上げることにした。祖父、宮本龍丸は京都の町医者であり、私が12歳の時に死去した。祖父について調べようと思った理由は、私は「おじいちゃん」としての祖父しか知らなかったからである。彼が戦後間もないころの開業医として歩んできた人生を知りたいと思ったからである。

◆トーク2 
祖父宮本龍丸は京都府立医大卒業後、早川一光氏に出会い、早川氏の「弱者を救う地域医療」という考えに深く共鳴し、共に診療所で働いた。この出会いこそ祖父龍丸の医者としての原点であった。それから龍丸は京都桂で開業し、多くの患者と向き合った。

◆トーク3 
戦後まもない混乱した時代の中を、開業医として生きた祖父は、母や祖母、周りの兄弟にとって誇りであった。それは彼の人柄や功を物語っていると感じた。ルーツとは命の根源である。私の中に祖父のルーツが受け継がれていることを改めて感じ取ることができた。 
posted by fmyy at 20:15| Comment(0) | Podcast | 更新情報をチェックする

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