2014年02月11日

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室3年進級制作「自分のルーツを探る」 第5回

祖父母写真.JPG
担当:田中厚至 取材相手:祖父母 松井田鶴子、松井義雄

◆トーク1
こんにちは。関西学院大学総合政策学部メディア情報学科山中ゼミ3回生の田中厚至です。今回の番組のテーマは「自分のルーツを探る」です。そこで私は和歌山県に住む祖父母のもとを訪れ、祖父母が幼少期に経験した戦争中の暮らしについてインタビューをしてきました。このチャプターでは、祖父母の紹介を簡単にした後に、祖母が経験した縁故疎開についてです。祖母は小学3年生の時に縁故疎開を経験しました。しかし、戦争がまだ続いているにも関わらず、地元に帰る決心をしました。その理由とはなんだったのか、また、空襲とはどのようなものであったのかについて聞いています。

◆トーク2
このチャプターでは、戦争時の食料、それにまつわる戦後の裏話、そして祖母が子供のころにしていた遊びについてです。私が戦争時の食べ物で1番に思いつくものはイモですが、やはりこの考えは正しく、イモを中心とした食事だったそうです。それにまつわり、祖母は会話の中から年齢を誤魔化していても見破る術を持っており、一体どのような話をするのかについて聞いています。また、祖母が輪回しという現代ではやらない遊びを教えてもらいました。この遊びに関しては、祖母が大人になってからも非常に思い出深く、懐かしいと感じたエピソードはリスナーにも共感される方がいらっしゃるのではないでしょうか。

◆トーク3
最後は、祖父の戦争時の暮らしについてです。当時、尼崎に住んでいた祖父は、田舎に親戚がいなかったため古市へ小学5年生の時に集団疎開をしました。集団疎開では、掃除や洗濯、食事の準備などを手伝いながら、天理教の部屋を借りて寝泊りをしていたそうです。そして戦争が終わり、尼崎に帰るときに生瀬の橋が壊れていたため、京都経由で尼崎まで帰ってきたということです。祖父は、アメリカ人にお菓子をもらったことや、尼崎から学校があった武庫川まで担いで持って行ったなどの戦後の話も聞いています。
posted by fmyy at 13:53| Comment(0) | Podcast | 更新情報をチェックする
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